御主人様のお申し付け通りに
「俺、ちょっとだけ結婚してたんだ」

「じゃあ、私と同じなんだ」

「これ以上、話すべきか話さないべきか、正直悩む…」

永田はそう言うと、私の胸に顔を埋めた。

「じゃあ、私から聞こうか?」

「……」

私は永田の髪を撫でながら聞いた。

「どうして別れたの?」

「知ったらトシコ、傷付かない?」

「傷付かない事はないけど、今更中途半端にされても、気分悪いもん」

永田は顔を更に隠して、小さな声で言った。

「…駆け落ちされたんだ」

「えっ…嘘っ?今時?」

「そう…。突然、居なくなった。この家が完成した一週間後にな…」

「そんな女も居るんだ…ひどい」

私も身勝手に自由が欲しいなんて言って、別れた身だから、他人の事を悪くは言えないけど。

さすがに、そんなひどい出来事が永田の過去にもあっただんて驚くわ。

むしろ傷付いて、それを引きずってしまう心もあるのかと、驚いた。

「仕事も課長職になって、報告しようと早めに帰宅したら、記入済みの離婚届が置いてあった…」

「そっか…。それで、悲しかった?」

「…あぁ、悲しかった…」

永田は静かに呟いた。

「…交際している時は、あんなに積極的に俺に言ってきてたのに、ひどいもんだ…本命は最初っから、他に居たんだからな…」

「女なんて、だいたいみんなそんなもんでしょ。…秘密をいくつも抱えてる」

私はそう答えながらも、永田を強く抱き締めた。

「俺は、そんな事も知らずに本気になって、結婚する前に家まで建てちまった…で、いざ結婚して一週間だけの新婚生活で、…何もかもが終わっちまった…」

永田を傷付けるような、裏切るような女のどこに品格があるんだと思った。

永田みたいな、こんな善い人を、そんな扱いして裏切るだなんて。

聞いてると、どんどん腹が立ってくる。

「…離婚するつもりで、俺と結婚したみたいに思えた…俺は訳も分からず、届けを記入して、役所に提出した…」

私も別れた旦那からしたら同じだ。

相手は居る居ないにしろ、悲しませた事実は変わらない。

束縛されない、自分だけの一度きりの自由な一生を送りたいと思って…。

ふと、離婚した旦那の最後に言った言葉を、思い出す。

幸せにしてやれなくて、ごめん。

いいの、私は。

誰かに幸せにしてもらおうだなんて、図々しい事は思わないから。

幸せは自分自身で手にしたいし。

幸せと感じるのは、自分自身が決める事だから。

「…ただ俺は…結婚して幸せにしてやりたかっただけなんだけどな…」

……!
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