モン・トレゾール

人が多くて前がよく見えない中で、突然走り出した遼の背中を目で追った。


私って――本当に自己中。


自分のことしか考えられないから、いつも大切なものを見逃してしまう。


……せっかく手に入ったと思ったのに。
遼は、もう自分の大切な人を見つけてしまったのね?




「これでやっと病気と向き合えるね」


遼から目を離せずにいると、不意にポンと左肩を叩かれる。


オクターブ低いその人の声は、初めて話を聞いてくれたあの時と変わらず凄く温かかった。


「篠田(しのだ)先生!? ……どうしてここに?」


私は、遼には内緒で病気が発症してからずっと精神科医であるこの人のカウンセリングを受けていた。


言い争いになると分かっていたからこそ、遼には言えないことだって沢山あった。


誰にも見せたくない、自分の弱い部分。


そういうもの全てをこの人には吐き出してきた。


年上で落ち着いていて包容力のある男性――そう、遼とはまるで正反対の男性(ひと)。


――だけど


どこからどう見ても全然違うっていうのに。


自分でもよく分からないけど、この人が醸し出す雰囲気が不思議とあの子と似てる気がする。
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