モン・トレゾール
「……いつ帰国したんですか?」
「先週かな」
ニコッと微笑むと、詳しいことはまた後でね、と歩き出す先生は急ぐようにピアノの……彼女を抱き抱える遼の元へと向かった。
救急車を――誰かがそんなことを言い出すと、驚き二人の後を追った。
「オイ! 返事しろ」
慌てて電話を掛けようとするカウンターの店員と、オロオロと泣き始める周りの女の子達。
遼の腕の中で青白い顔で倒れる彼女を見て、混乱したのは私だけじゃなかった。
「……遼、彼女どうしちゃったのよ」
さっきまで私に悪態つくくらい普通だったのに、一体なにがあったの?
「退いて」
遼から彼女を奪うように伸びた腕は、篠田先生のもの。
スッと頸動脈に手をあてると、顔に耳を近づけた。
「――大丈夫、心配ないから」
この人に絶対的信頼を寄せているからか、ふわっと笑ったその顔には私を安心させるだけの説得力があった。