モン・トレゾール
第3話

*


「ママ、あたし大きくなったらママみたいになりたい」


これは小さな頃の私。


隣のクラスの昇(のぼる)くんって子に苛められて、泣いて帰った私にママはピアノを弾いてくれた。


ママが好きだった西洋風の絨毯の上に置かれた、大きな大きなグランドピアノ。


背伸びして覗く鍵盤の上では、ママの大きな手がポンポンと多彩な音を弾(はじ)かせている。


子供の頃は、誰でも望めば何にでもなれると信じてるもの。


だから、この頃の私は本当にママのような大人になれると思ってたんだ。




「ねぇねぇ、しゅうちゃんもなんか弾いて」


そう言って兄の足にまとわりつく私は、無邪気な顔でそうせがむ。




――私の初恋の相手は、この兄だった。


私が3歳の時にウチに引き取られてきた3つ違いの兄は、温和でいつも優しくて。


大人になったら絶対この人と結婚するんだなんて思ってた時期もあった。


でも、普通の女の子はパパと結婚するって言うのにね。


父は仕事で忙しくて留守がちだったからか、家の中のことを決めていたのは母で――私はこの二人がとにかく大好きだった。
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