モン・トレゾール

お嬢様、そう呼ばれたのはもう随分前。


それでも、エスカレーター式で入った高校では、周りの子達はみんなそう呼ばれていた。


朝と夕方、門まで迎えに来る大きなリムジン。


共学だったから男の子と帰ると言って、その迎えを断る子も多くいた。


私もその中の一人で、よく永井(ながい)さんを困らせてたっけ。


初めて付き合った人は、サッカー部の先輩で、普通のサラリーマンの家の子だった。


実家から少し離れているという理由から、彼は1LDKの学生向けの部屋に住んでいた。


――特別恋がしたかったわけじゃない。


ただ、あの家に帰るのが嫌で。


だけど一人になりたくなくて、よくその人の家に泊まりにいっていた。




「おまえも吸う?」


煙(けむ)たいベッドの横で眠りかけた私に、彼は火をつけたタバコをくれた。


脱ぎ捨ててあった彼のグレイのパーカーを羽織ると、だるい体を起こしそれに口をつける。


例えそれが不味いもので体が受け付けなくてゴホゴホと噎せ込んでしまっても、この時の私には親のいいなりになって生きてる周りの人間よりも彼の方がずっと大人に見えていたんだ。
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