モン・トレゾール

次から次と、一体どうなってるの?


叩きつけられるように地べたに転がり落ちたのに、痛むどころかケガすらしてない。


立ち上がって目の前にあるピアノに近づくと、その奥の小窓からキレイな砂浜がガラス越しに反射した自分の影と重なって見えた。


……ここ、前に来たことがある気がする。


薄らと埃(ほこり)が被ったグランドピアノ。


そこにポンと指を置くと、不安定な調和の鈍い音が響く。


全く調律していない――私のと同じ”生きてない音”。


ママとお兄ちゃんを亡くしたあの事故の後も、暫くはピアノを続けていた。


それは単にママのピアノが恋しかったから。


私がピアノを弾く理由は――


もう一度大好きだった二人が居たあの頃に戻りたかったから。


……それだけだったのに。




『まるで母親のコピーだな』


個性がない、楽しさがない、音に色がない。


ママの音に近づけば近づくほど、周りはどんどん勝手な評価をつけていく。


大好きだったピアノが、どんどん自分を苦しめていく。


私はただママの音が聴きたいだけなのに。


……どうして? どうしてみんな勝手なことばかり言うの?
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