銀盤の国のお姫様
 雰囲気にのまれながら、観客がいるリンクをあとにし、華音有がいる場所を目指して歩く。

 今、華音有はどんな思いでこの試合に臨もうとしているのか。

 記者である私としてはぜひ聞きたいところだが、試合前にそんなこと聞いていたら彼女の調子を乱してしまいそう。乱れて、結果が悪ければ、もうどうしようもない。

 試合のあとに聞けばいいか。
 彼女の様子や、顔つき、雰囲気で察すればいいか。
 以前言っていたことを思い出せばいいか。


 そう思っているうちに、華音有がいた。
 華音有の姿はすぐわかる。長年取材しているからというのもあるが、彼女の美しさに誰もが振り向くからだ。

 漆黒で肩甲骨の一番下まで伸びた長い髪を、襟足より少し上でまとめたお団子。
 
 化粧をばっちり決まってて、彼女の美しさをさらに引き立てている。

 衣装の上から長袖長ズボンのジャージを着ている。

 イヤホンをつけ、音楽を聴きながら黙々とストレッチをしている。

 近くには、彼女のコーチの世崎夫妻がいる。
 
 彼女は普段の練習から、ショートプログラムやフリースケーティングの曲を聴きながら、準備体操をしている。

 ちなみに、今季ショートプログラムで使われている曲は、アラム・ハチャトゥリアン作曲、組曲『仮面舞踏会』より『ワルツ』。フリープログラムはフェッリクス・メンデルスゾーン作曲『ヴァイオリン協奏曲ホ短調』より第一楽章。

 となると、今は、仮面舞踏会を聴きながら準備体操しているわけだ。


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