銀盤の国のお姫様
 本日最初の大拍手とスタンディングオペレーション。

 ピクリと両手が動いた。
 我に帰って、慌てて体勢を崩してお辞儀する。

 その表情は、いつもの無表情の中に、少しだけ驚きが表れていた。

 大拍手に応えているのか、いつもより深々と頭を下げている。

 そんな彼女の様子を目の片隅で見ながら、私はキス&クライと呼ばれる、リンクを出てすぐのところにあるベンチへと急ぐ。

 キス&クライの付近に着いた時、リンクから華音有が勢いよく飛び出た。

 和歌子がすかさず受け止め、喜びが弾けた状態できつく抱きしめた。華音有は、これと言った表情はないが、目が斜め下に動いている。

『嬉しいけど、抱きしめられて恥ずかしい。』

 と言っているようだ。

 基一がエメラルドグリーンのエッジカバーを持って、抱擁が終わるのを待っている。スケート靴の刃は、少しでも砂のようなものを踏んだだけで駄目になってしまう。のでリンクから降りて靴のまま歩く時は、プラスチック製のエッジカバーをつける。

 和歌子との抱擁が終わると、基一からエッジカバーを受け取って、つけて、キス&クライに向かった。

 華音有の足取りは、疲れて、得点発表前で緊張しているはずなのに、妙に軽い。
 顔はいつもの無表情。


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