銀盤の国のお姫様
 それは、初めて華音有に出会うほんの少し前、彼女が小学四年生になったばかりの話。


 外は春の嵐、辺りは真っ暗で風の音がますます怖く感じる。

 華音有は個人レッスンを終え、ロッカー室に引き上げていた。

 迎えに来た母親の隣に腰掛け、スケート靴を脱ごうとした時。

「華音有、言わなきゃいけないことがあるの。」

 靴紐をほどこうとしたがあわててやめて、母と目を合わせた。

「あのね、ここ(中津アイスリンク場)ね、来年の三月いっぱいで閉鎖されるの。
 
 だから、五年生になったら、スケートできなくなるよ。」

 理由は、施設の老朽化。1970年代にオープンし、耐震の問題や、製氷機の寿命が来ていた。
 建て替えに費用がかかるうえ、レジャーが多様化し、採算が取れない可能性がある。
 そういう訳で、運営している市が閉鎖を決めたのである。


 華音有の心に痛いものが刺さった。
 
『スケートができない、スケートができない。』

 心の中でこの言葉を繰り返し聞こえる度に、痛みが激しくなる。
 激しくなって、激しくなって、激しくなって・・・

「いやだよ、いやだよ、いやだーー。」

 痛みに耐えられなくなって泣き出してしまった。

 母親の膝元で、顔を覆って、大声を上げてわめく。

 その場にいた人はみんなびっくりして華音有に注目しても、全く気にしないで泣き続ける。 


  
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