お姉ちゃんの憂鬱
抱き付いたまま一言も発しない誠。
ただ腕に込められる力が強くなり、首元に頭をすりすりされるだけ。
本当にこいつはでっかい犬みたいだな。
遥香が誠に対してがうがうと噛みつくが、どうにも様子がおかしいので遥香を黙らせる。
「こら誠。どうしたのさ」
尋ねても答えてくれない。
これはどうしたもんかね。
何を思ってこんな行動にでているのか、犬の考えはわかりかねるものがある。
とりあえず甘やかせと言うことなのだろうか。
…仕方ないな。
「誠、送って行くからあんたの家行こう?そこで話は聞いてあげるから、今は離れなさい」
「え、姉ちゃん?!なに言って…」
「大丈夫。あたし今日は誠の家でご飯食べるってお母さんに言っといて。ほら誠、帰るよ?」
そう言って頭をなでれば、ようやく顔が上がった。
その顔は少し満足気で、あたしの選択は間違っていなかったとわかる。
「…誠、姉ちゃんになんかしたら許さねーからな」
「なんもないから大丈夫だって遥香。心配してくれてありがとう」
家を出る前に遥香の頭も撫でて誠と並んで玄関から出る。
さっきから一言もしゃべらない誠は、手だけはしっかりあたしを掴んで離さない。
家を出て道路を挟んだ向かい側にある誠の家に入る。
誠があたしの家に当たり前のように入ってくるのと同様に、あたしも当たり前のように誠の家に入る。
これがあたしたちの普通なのだ。