堕ちてくる

彼の願いと引き替えるように、見た事のない景色が、彼の眼球に降りてきた。あまりに急な場面転換に、彼は一瞬戸惑った。
―――な、なんだ？
辺りを見回すと、何もない所で手がぶつかった。ゆっくりと、その部分を探る。
―――これは、僕の机？と言う事は、景色は違うけど、ここは僕の部屋なのか？
急に景色は走り出した。彼は動いていないのに、景色だけが走っている。軽い車酔いのようになった。
―――き、気持ち悪い。
彼の意志とは無関係に、景色は進んでいく。瞼を閉じても同じだった。強制的に、彼に景色を見せようとする。そして、その景色の中にいる輝きに気がついた。
―――えっ、彼女？葉月さん？これって、もしかしてあの男の見ている景色なのか？
視界に入る黒いジャンパーに見覚えがあった。間違いない。彼は剛田の見ている景色と同じものを見ていた。訳がわからない。けれども、この景色から逃れる事は、彼の意志では出来ない。身を委ねるように、景色と自分の視界を同期させようとした。
「気持ち悪い。とにかく、とにかく座ろう。」
独り言でも、なんでもいいので、大きな声を出して、新鮮な空気を体いっぱいに取り込みたかった。机の脚と思われるものを、右手でしっかり掴み、左手は床についた。
「さぁ、来い。」