社長に求愛されました
そう言って目をゆっくりと閉じたちえりが、あまりに穏やかな顔をしていたせいで、綾子は慌ててちえりを揺すろうとした。
本当に死んでしまったのかと思っての行動だったが、揺する前にちえりの寝息が聞こえている事に気づき、手をおろし胸も撫で下ろす。
「びっくりした……。人騒がせな子ね」
まったく、とでも言いたそうな顔で呟いた綾子が、はぁ、と息を吐き出した後、ちえりの足元の方にあるソファに座っている篤紀に視線を移した。
「びっくりしましたね、社長」
「……こういう魂胆があったから、俺に引っ込んでろって言ったわけか。
俺の服に他の客の煙草の匂いが移ってるから、これ以上ちえりの気分を悪くしたくないなら近づくなって言ったくせに」
「まさか。好きな人に吐くところなんて見られたくないだろうからと思って言っただけです。
それに、煙草の匂いが移ってるのも事実ですし」
ちえりが目を覚ます前から篤紀はこの部屋にいたわけだが、そんな事情もあり、ちえりから少し離れたところに座っていたのだ。
目を覚ました時には駆け寄りたかったが、煙草の匂いがと言われた以上そうする事もできずに、立ち上がったり座ったりと落ち着かない様子でちえりと綾子の会話を見ている事しかできなかった。
それに、悔しいが自分よりも同性の方がいいのだろうとも思ったから声をかけないでいたのだが……。
大人しくしているうちに、話題があらぬ方向へと向かいだし、口を出すにも出せなくなってしまっというわけだ。