社長に求愛されました


「大体、高瀬も悪いのよ。自己犠牲精神がすぎるから」
「自己犠牲ですか?」
「そうよ。なんか自分さえ我慢すればっていう優等生な感じじゃない。
そんなんじゃ、高瀬本人どころか周りも幸せになんてなれない。
高瀬のはそういう自分に酔ってるだけの、悲劇のヒロイン思考なのよ。社長の気持ちなんて考えてなくて、全部が自分のため。可哀想な自分でいたいからでしょ。違う?」

挑発だった。
怒りの感情でもなんでも、それに乗せて抑え込んだままの本音を吐き出させるしかないと、心を鬼にしてちえりが思わず言い返したくなるような言葉を選んだ。
いつも自分の気持ちを抑えこんで、落ち着いて言葉にできるまで誰にも言おうとしないちえりの本音を聞きたくて。

昨日だって、散々和美に言われたにも関わらず、ちえりはぐっと堪えるだけでそれに対しての気持ちを誰にも話していない。
篤紀を想っているにも関わらず身を引こうとしているだけでもツラいのに、そこにまた負担をかけてまで抱え込むことなんてない。
嫌な思いをしたのだから、それを言えばいいのに。

だから、わざと挑発した。ちえりに吐き出させるために。
だけれどちえりは、綾子の挑発に気付いてか気づかずなのか、わずかに微笑んで、そうですねと言うだけで……。

昨日と同じ返答だ。
そんなちえりの返事と微笑みに、挑発する側だったハズの綾子の頭にカっと血が上る。


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