社長に求愛されました
おおげさに言う綾子にふっと笑ったちえり。
その表情にはツラさや悲しみ、切なさ、たくさんの感情が垣間見れ、ひどく悲愴な面持ちに思えたが……後悔している様子はなかった。
バイトとして黒崎会計事務所に入ってきた時と同じ、物怖じしない真摯な瞳をしていて。
いつも凛としている横顔は元気をなくしているが、決心を変えるつもりはないようだった。
そんなちえりをじっと見つめた後、綾子が聞く。
「社長に、何か伝言は?」
向けられた問いに、ちえりはハッとした顔をして……それからゆっくりと微笑む。
「今までありがとうございましたって。あの告白は……忘れてくださいって。お願いします」
「忘れられてもいいのね?」
言うや否や確認するように聞かれて、ちえりがツラそうに微笑みを歪めた。
綾子が言った、忘れられてもいいかというのは、告白の事だけじゃなく存在自体も含めてだと言う事は、ちえりにも分かっていた。
……そして、それを分かった上で、静かに頷いた。
「社長がこれから出逢う誰かとの未来に、私の存在はいらないから」
潤ませた瞳で、でもしっかりとそう言い切ったちえりに、綾子は胸が締め付けられるのを感じながら、わかったわと呟くように言った。