社長に求愛されました


国立とだけあってなかなかの難関だったが、入試を見事にパスした事は、洋子に言わせると生きてきた中で一番の奇跡らしい。
だけど、その一年後、ちえりの弟の慎一が同じ大学に合格した時には、努力したからだとただ実力と勉強への姿勢を褒め称えていて、また慎一もその通り努力を欠かさなかった事から、洋子の人を見る目は信用できる。

つまり、歩は実の親にも国立大学に合格した事を奇跡だと言われてしまう人間だと言う事だ。

実際、歩は頼りなくいい加減で、甲斐性のかけらもない。
他人の意見に見事に流されるままで、しかも流される事に何の抵抗もなく胡坐をかいて呑気に笑っている歩。
そんな歩に感じる苛立ちは、優柔不断故の優しさや他の長所を簡単に凌駕する威力がある。

暖簾に腕押しだとか、そんな言葉がよく似合う男だ。何を言っても響かず、洋子でさえ、もうお説教を諦めているほど。

ちえりが上がったのは店舗部分と数メートルの通路を隔てて繋がる、中谷家のリビングだが、歩の姿はなかった。
平日ではあるが、もしかしたら二階の自室にいるのかもしれないと思い聞くと、洋子は大学だと答えた。

「あの子は行っても行かなくても同じだと思うけどね。
慎一くんは志も高くてきちんと成績残してるけど、歩はねぇ……。ただ時間つぶしに行ってるようなものだし、いい加減にして欲しいわー」

心からの叫びに聞こえて、ちえりが思わず同情して苦笑いを浮かべる。





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