社長に求愛されました
恋。好きな人。
それらの言葉から連想する人は……連想するまでもなく、頭の中に常にいる人物は決まっていた。
だけどそれを言葉にする事はできずに、ちえりはただ申し訳なさそうに微笑むだけだった。
しっかりと諦めて黒崎会計事務所に置いて来ようと思った恋心なのに。
強力な接着剤で心と頭にくっついているそれを置いてくるという事は、無理やりにはがさなければならないという事で。
それをしたらきっと、心の大部分までもを置いてこなくちゃならなくなるし、それを実行したら大けがどころか自分が自分ではなくなってしまう。
出逢う前は、篤紀がいない状態できちんと形成されていたハズの心が、たった二年でそのほとんどを篤紀への想いに形を変えていて。
出逢う前の形さえ、もう分からない状態だった。
会う前は、どんな事を考えて一日を過ごしていたのか。
何を楽しいと思っていたのか。どんな事が些細な幸せだったのか。
何一つ、思い出せない。
「さて。そろそろお昼のお客さんがくるからお店出て準備してないと」
そう言ってエプロンをつけ直す洋子に、ちえりも立ち上がろうとしたが。