社長に求愛されました
「綾子さんは知ってたんですか? 社長がプリンスホテル・Kの御曹司だって」
教えてくれてもよかったじゃないですか、とでも言いたそうなちえりを、一緒に給湯室でコーヒーを飲んでいた井上綾子が見る。
時計が指すのは三時半。
午後の仕事を始めて二時間弱が経っていた。
コーヒー休憩も食事も、各々の仕事状況に合わせて適当にとっていい事になっているが、ちえりはお昼は篤紀と、休憩は綾子ととる事が多い。
お昼に至っては、仕事途中でも関係なしに行くぞとばかりに手を引かれて半強制的に一緒に食べているわけだが。
「私もまさか高瀬がその事知らないなんて思わなかった。
まぁ、有名すぎて社内で誰かが話したりはしない事だけど……普段社長とあまりそういう話しないの?」
「そういう話になった事なくて……。
私の家の事は割と話したりしてるんですけど、社長のは……。あまり興味がなかったんですかね」
「……高瀬、それ絶対に社長に言っちゃダメよ。社長は高瀬の一言で午後使い物にならなくなるんだからね」
はぁ、とため息交じりに言ったちえりに、綾子はそう注意するももう遅い。
お昼の時本人に、俺に興味ないだろと言われてしまったのだから。
それは言わずに、ちえりは曖昧にそうですねと笑って誤魔化した。