社長に求愛されました


篤紀の言葉に、洋子は「個人?」と不思議そうに呟き、ちえりは内心でぎくりと心臓を鳴らす。
篤紀の言った“個人”が何を意味しているのか、分かったからだ。
社長という肩書ではなく、篤紀個人としてこの家を訪ねたのだとしたら、その理由はひとつしか思いつかなかった。

「実は僕の実家で、この度、従業員用の昼食としてお弁当を発注する事になったんですが、それをぜひこちらにお願いできないかと」

ちえりと洋子の「え?!」という声が重なる。
ちえりからしたら、予想とは違った事を篤紀が言い出したからで、洋子からしたら急な提案に驚きを隠せなかったからだ。

「今までも昼食に外からお弁当を取っていたんですが、それをお願いしていた業者が弁当の生産をやめる事になりまして。
そこにお願いしていたのは月曜日と木曜日だったので、もしできる事でしたら、週二でお願いできないかと。
数は50ほどで、一食400円程度のものでお願いしたいんですが……ご検討いただけないでしょうか」
「50……?」
「はい。父は日本中に注目されるホテルを目指してるのはもちろんですが、何よりも地元を大事にしています。
そのため、なるべくたくさんの地元のお店から頼むというのが父のポリシーでして、ひとつのお店に頼むお弁当は50個以下と決めてるんです。
なので、一日に数社からお弁当を納品して頂いてる状態です」





< 215 / 235 >

この作品をシェア

pagetop