社長に求愛されました
「本当は、もう少し落ち着いたら話すつもりだったんだ。
けど、他の男と婚約だとかそんな話が出たから……だったら今このタイミングで話せば、ちえりの気持ち的にも楽にさせてやれるかもしれないって考えて、それで」
「勝手な事して悪かったな」と謝る篤紀をじっと見た後、ちえりがふるふると首を振る。
静かな夜道を通る風が、ちえりの髪をふわりと揺らしていた。
「確かに、社長がお弁当の依頼を持ってきてくれたからおばさんも喜んでくれて、私の気持ち的には楽になりました。
でも社長。社長は、私がおばさんに流されてあっくんとの結婚を選ぶかもしれないって、少しも考えなかったんですか?」
ちえりの気持ちが楽になる。
そう考えたという事は、篤紀は最初からちえりが縁談の話を断ると決めつけていた事になる。
ちえりは篤紀と付き合っているのだし、それは当たり前かもしれないが……でも、篤紀はちえりの性格をよく知っている。
長い間お世話になっている洋子から持ちかけられた話を簡単に断れない事も、そこに罪悪感を感じてしまう事も。
だから、少しくらい気持ちが揺れるかもしれないだとか、もっと言えば、ちえりは自分の気持ちを優先する事は諦め、洋子のために歩との縁談話を受け入れてしまうかもしれないだとか。
そういう心配をしてもよさそうなものなのに……と、ちえりは思っていた。
少なくとも、今日の事務所での終始落ち着かなかった態度からは、絶対にそうだと思っていたのに。
そんな思いからじっと見つめるちえりに、篤紀が微笑んだ。