社長に求愛されました
ちえりの父親はちえりが小学生の頃、突然家を出て行った。
そしてそれから女手ひとつで育ててくれた母親は、中学の頃、病気で亡くなった。
そのふたつの別れはちえりに深い傷を残し、今もそれは塞がる事なく、塞ぐ暇もなく、ここまで過ごしてきたのだ。
いて当たり前の存在、いつも傍にいて欲しい存在。愛しい、大切な存在。
自分にとってそんな存在がある日急にいなくなる。
考えただけでもツラく悲しい事を、ちえりは大人になる前にもう二度も経験している。
だからこそ、自分にとって大切な人を増やすのが怖かったのだ。
「付き合うとか、恋人とか……関係を言葉にした時点で自分の中に決定づけられちゃう感じがするんです。
だから、きちんとした関係になるのが怖かったし今までもそういう理由で誰かと深い関係になったりした事なくて。
一度だけ、母親代わりに育ててくれたおばさんが、年頃なのにってあまりに心配するから適当な相手と付き合った事はありますけど……。
その人と付き合うのと社長と付き合うのは、わけが違うから」
だから、怖かったんです。
両親の事も含め、そうゆっくりと話したちえりを、綾子は黙ったまま見ていた。