社長に求愛されました
「もしも付き合って別れる事になったらって考えると、怖くて。
今、当たり前のように傍にいる社長が離れていっちゃったらって思うと怖くて……それで、踏み出せなかったんです」
初めて異性と付き合った時、幸せすぎてなんだか怖いというのは聞いた事があるけれど、付き合う前からあるかも分からない別れの不安を考えるちえりに、綾子はうまい言葉を見つけられずにいた。
篤紀にあれほどまで想われているのになぜその気持ちに応えないのか、向き合わないのか、綾子も不思議に思っていた。
ちえりが篤紀を好きじゃないからかとも思ったが、見ている限りちえりだって気がないわけでもなさそうだ。
だったら、なぜ。
そんな風に思いじれったい気持ちでふたりを見ていた綾子が、ちえりの両親の話を聞いて、そういう事だったのか……と納得する。
普段から、どこか塞ぎきっている部分がある気がしていたけれど、そういう理由だったのかと。
篤紀からの好意を含め、誰かに必要以上に優しくされたり親切にされたりすると戸惑いを浮かべるちえりの姿が、すぐに綾子の脳裏に浮かんだ。
甘やかされる事に慣れていないから、優しくされると戸惑うのか。
大切な人との別れを知っているからこそ、近づくことを怖がるのか。
そして篤紀は、ちえりにとって別れの可能性が少しでもある関係になりたくないほど、既に大切な存在なのか。
ちえりの話を聞きながら、綾子はそんな風に考えていた。