社長に求愛されました


初めて目が合った瞬間、ちえりの胸は大きく跳ね上がり、それは20年間生きてきた中で初めて感じるものだった。
早鐘を打つ胸にはじき出されるようにたくさんの感情が溢れ出し、それをすべて篤紀に持っていかれてしまう。

ちえりは今まで誰かに恋をした経験がなかったにも関わらず、これが恋に堕ちるという事なのかとすぐに困惑している感情を結びつける事ができた。
今までの生い立ちから、運命なんて言葉は信じてもいなければ好きでもなかったちえりだったが、そんな言葉さえも脳裏に浮かぶほど、出逢った瞬間篤紀に惹かれていた。

声も知らないし、人間性だって知らない。名前しか知らない状態で、こんなのはおかしい。
そうどこかで思いながらも……出逢った瞬間、ちえりは篤紀に囚われてしまっていた。

それは、篤紀も同じだった。
お互いにお互いしかいない。そんな直感がふたりには確かにあった。
そしてそれは時間を重ねれば重ねるほど確信に変わっていき……もう目を逸らし切れなくなったちえりが、篤紀と向き合う事を決めたのが、今より少し前の事。

だが、ちえりが篤紀にそれを伝えるよりも前に、新たな壁が立ち塞がってしまった。
立場や身分の違いという、今までよりも高く厚い、ちえりだけでは解決できない壁が。



< 29 / 235 >

この作品をシェア

pagetop