社長に求愛されました


自分の座る席のすぐ近くでデータをパソコンに打ち込んでいるのに、なぜだかちえりの重みをそこに感じない。

存在感がないわけではない。
むしろ、出会って数日しか経ってないのに、篤紀にとっては、既に事務所に勤務している社員の誰よりも大きな存在だった。

大きな存在感を持って、しかも手を伸ばせば届く場所に座ってパソコンを打っているというのに。
自分の手が触れそうになった瞬間、そのまま通り抜けてしまうんじゃないかと不安になる。

もちろん実際にしてみてもそんな事にはならずに、伸ばした指はちえりの頬に触れて。
なんですかと不思議そうに見上げられた篤紀は、自分の感情と感覚を理解できなそうに、いや……と呟くだけだった。

その不思議な感情が、ちえりに対して感じる儚さという感情からだという事に篤紀が気づいたのは随分経ってからの事だった。

実際のちえりは威勢もいいし頑固だし、篤紀の善意を受け入れようともしない意地っ張りだ。よく言えば、芯がある。
責任感が強く、深夜のバイトを危ないからという理由で篤紀が辞めさせようとした時も、他のバイトに迷惑がかかるからと言い張って、辞めさせるのにはかなり苦戦した。

会計事務所で労働時間として定められている時間内ギリギリまで働かせてやると篤紀が言った時も、お金をもらうならそれ相応の仕事量がなければ嫌だと、そうでないなら辞めると言い張った。
お金は必要だが、そこに善意や好意があると嫌がる。真面目なのだ。





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