社長に求愛されました


「キスした後、いつも泣きそうな顔するけど、なんで?」

唇を離した篤紀が、鼻先の触れる距離から聞く。
俺のキスは受け入れるのに……と呟いて頬を包む篤紀の手に愛しさが溢れるのを感じながら、ちえりが篤紀をじっと見つめる。

「今までは、必死に耐えてたからです。社長に揺れないようにって」
「弟の事があるからだろ? 弟が大学卒業するまでは、恋愛より仕事を優先させたいって話なら覚えてる」

随分前に言った事を覚えている篤紀に、ちえりは驚いた後困り顔で微笑む。

篤紀がちえりの部屋にきた回数が十回を数えた時、ちえりの家の話になった。
履歴書でも見返したのか、篤紀がおまえ弟がいるんだなと話題を振ってきて。

そこから、両親の話やおばである洋子に育ててもらった話になった。
その時ちえりが言ったのが、先ほど篤紀が言った言葉だ。

――弟が大学を卒業するまでは、学費を稼ぐために少しでも働かないと。
――それまでは恋愛してる余裕なんてない。


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