社長に求愛されました


ちえりからすれば、そう言えば篤紀が引き下がると思ったのだ。
弟の慎一が卒業するまであと三年もある。
篤紀がふざけて自分に気持ちを寄せているとは思っていなかったが、三年はそれにしても長い。
だから、そう宣言しておけば、篤紀もその間に他の誰かを見つけるなりするだろうと……。

この頃にはちえりも篤紀に想いを寄せていたのだが、断腸の思いでそう告げた。

篤紀がこのまま自分に構いっきりだったら、どんどん気持ちが大きくなっていくのは目に見えていたし……それに。
それまで誰にも感じた事のないような気持ちや、日に日に篤紀に強く惹かれていってしまう自分も怖かった。

――好き。それだけの感情で変わってしまう世界が、ちえりには怖かったのだ。
このまま篤紀をどんどん想ってかけがえのない大切な存在になってしまって……もしもその後で篤紀の気持ちが変わり離れてしまったら。

篤紀の気持ちの保証は誰もしてくれない。だけど自分の好きという気持ちだけで、篤紀をそこまで強く信じる勇気もない。
だから、今ならまだ戻れる。そう思い、自分の気持ちが引き返せないほど大きくなってしまう前に、篤紀に諦めてもらおうと思ったのだ。

この時のちえりにはまだ、一歩踏み出す勇気も、篤紀と向き合おうと思えるほどの恋心もなかったから。

だけど……結果はちえりの予想とは違っていた。
篤紀は、じゃあ待てばいいんだなというような態度で、いとも簡単に三年という時間を受け入れてしまったのだ。



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