社長に求愛されました


すべては自分やタイミングや……仕方のない事情のせいだ。
それが分かっているだけに、ちえりはぼんやりとした言い方しかできなかった。

――遠くなっちゃうくせに。
それがどういう意味なのかを事細かに説明したところで、篤紀にはどうにもできない。
本当に仕方のない事なのだ。

だから、ハッキリと言うつもりもなかった。
というよりも、本当は、篤紀の立場が分かった時点で、何も言うつもりはなかった。

それなのにこうして我慢できずに漏れてしまった言葉は……それだけ、ちえりの篤紀への想いが大きいからだった。
ひとりで抱えるのはもう、ツラいほどに。

一方の篤紀は、そんなちえりの言葉の意味がまるっきり分からずにいた。
新しい職場での席の事かと聞けばそうではないと言うし、だったらなんだと次の言葉を待っていたら、ここだと肩を指先で突き刺された。
それが何を意味するのか篤紀にはまったく分からない。

それもそのハズだ。
ちえりが高く厚い壁だと思っている立場の違いを、篤紀の方は石ころレベルにも思っていないのだから。

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