蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~

拓郎の胸に顔を伏せて途方に暮れていると、背中に回っていた手がすっと肩の方に動いて、頭上から「ただいま」という呟きが聞こえてきた。


『ああ、良かった。起きてくれたんだ』とほっとして、藍は顔を上げた。


微かに開いた拓郎の黒い瞳と、視線が合う――。


「お帰りなさい。服を着替えてちゃんとお布団に休みましょう? 風邪引きますよ?」


幾分引きつり気味の笑顔で話しかけると、拓郎は「うん、ただいま」と確かに笑顔で答えた。


でも。

すぐにまた目を閉じてしまい、一向に藍を解放してくれる気配がない。


……。


「し、芝崎さん?」


「うん……」


「起きてますか?」


「うん……」


「寝てますか?」


「うん……」


何を聞いても、同じ間合いで同じトーンの答えが返って来る。


藍は悟った。


拓郎は完璧に寝ぼけている。

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