蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
もう一つ、拓郎は、敢えて日翔という名字を出さず『藍さんを』と名前だけで呼んだ。
電話に出た相手は、『名字は?』と問うこともしなかった。
つまり、『日翔生物研究所』には、少なくとも、『藍』と言う、誰もが知っている人物が居ると言うことではないのか?
「しかし、何だって、こんな山ン中に研究所なんて造ったんだ?」
素直な疑問が湧いてくる。
標高は、さほど高く無いが、山は山だ。
こんなに交通の便が悪いのでは、職員が通うのも大変じゃないのか?
――いや……逆か。
山の中だから、造ったのか。
この手の物は市街地を避けて建てるのかも知れない。
素人の拓郎でもそうは思うが、これはちょっと異常だった。
仮にも、『市』と名の付く所に建っている研究所に行くのに、『道路』がないのだ。
いや、これは正確ではない。
確かに途中までは狭いながら、普通の『舗装道路』だった。
それがいつの間にか『砂利道』に代わり、今いる所は『獣道』と呼びたくなるほど狭く、砂利すらも敷かれていない細い道だ。
何しろ、さほど大きくない普通乗用車の車幅より狭いのだ。