蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
「……又、あの老人は……このタイミングで来るのか?」
部下が退室したのを確認してから、柏木はボソリと低い呟き声を漏らした。
野性的な、動物的勘とでも言おうか。
藍の祖父、日翔グループ会長の日翔源一郎には、一種の『超能力』とでも言えそうな、不思議な勘の良さがあった。
一見、普通の何処にでもいる好々爺であるが、その内に潜むのは、冷徹な企業家の顔である。
目的の為には手段を選ぶような男では、決してなかった。
又、それだからこそ、一代でこの『日翔王国』を築き上げたのだ。
その男が、よりによってこのタイミングで予定外にここに足を運んだと言う事は、何かしら『こちら』の動きを察していると考えた方がいいだろうか?
それとも、単なる気まぐれか?
考えを巡らせるが、元より答えの出る類の事でもない。
『こちら』とは勿論、源一郎の孫娘である藍と、所長の柏木の二人の事だ。
役職や立場はそれなりの物で、近々もう一人メンバーが加わる予定だが、如何せん人数不足。
少数派は少数派なりに、助け合わなくては、何も成せはしない。
いくら溺愛されている実の孫であっても、あの老獪な祖父相手では、さすがに荷が勝ちすぎる。
そもそも、嘘を付き慣れていないのだから、痛いところをつかれればすぐに態度に出てしまうだろう。
「……姫がボロを出す前に、助けに行くか」
柏木はやはり口の中で小さく呟くと、一つ軽く息を吐き、二人の待つ応接室へと足を向けた。