蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
「お嬢様、そんなに興奮なさると、発作が起きてしまいますよ」
柏木は肩で息をしている藍をソファーに座らせて、その手を取ると細い手首に人差し指と中指を当てて脈を取り始めた。
「ほら、不整脈が出ていいるじゃないですか」
「え?」
柏木の言葉に、脈を取られた藍の方は、驚いて目を丸める。
「何、 不整脈じゃと!?」
日翔老人も、驚いてソファーから腰を浮かした。
「心電図を取らないといけないですね……」
柏木は、一人落ち着いた様子で気難しげに眉根を寄せ、渋い表情で独り言のように呟くと、すっと立ち上がり、やおら藍を抱え上げた。
『お姫様抱っこ』というやつだ。
「せ、先生!?」
予想外の柏木の大胆な行動に驚いた藍が、目を白黒させてその腕の中から降りようと、身じろぎをする。
柏木は『やめなさい』と藍を目でたしなめ、恐れる風もなく、さすがに事の成り行きに驚いて言葉を無くしている老人に進言した。
「会長、あまりそのお話は、藍様の前でなさらないで下さい。極度の緊張や感情の高ぶりが発作を誘因するのです。それこそ、取り返しが付かなくなってしまいますよ」
それは一医師としての冷静な意見であって、他の感情は一切こもってはいないが、要約すれば『患者を死なせたくないなら、余計な話をするな』と言っているのだ。
日翔王国の末端に連なる一研究所の所長の態度としては、慇懃無礼なことこの上ない。
部屋の入り口で事の成り行きを見守っている会長秘書など、雷でも落ちやしないかと顔色を無くしている。