蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
「藍……?」
拓郎は、呆然と恋人の名前を呟いた。
腰まで伸びた、緩やかなウェーブの掛かった柔らかそうな長い黒髪。
その黒髪に縁取られた、抜けるような白い肌。
意志の強さを感じさせる、印象的な黒い瞳。
その容貌は、どれをとっても間違いなく『藍』のものだ。
ただ一点。
その髪と瞳の色を除けば――。
拓郎の知っている藍は、髪も瞳の色も、色素の薄い明るい栗色だ。
確かに、今のご時世、ヘアカラーとコンタクトレンズで、そんなものはいくらでも変えられる。
でも、何かが違う。
恭一に見せられた『日翔藍』の写真では感じなかった、言いようのない違和感。
目の前の少女は確かに藍なのに、何かが違うのだ。
それは、髪や瞳の色というような、ビジュアル的なものではない。
「藍、部屋で待っていなさいと言っただろう?」
柏木のたしなめるような言葉に、今まで楽しげにクスクス笑いを浮かべていた藍の表情が、親に叱られた子供のような、バツの悪そうなものに変わる。
「だって、先生。大好きな人が会いに来てくれたんですもの。居ても立ってもいられなくて……」
そう言って黒い瞳を潤ませると、藍は淡いブルーのワンピースの裾をフワリと翻して、その『大好きな人』に歩み寄った。