蒼いラビリンス～眠り姫に優しいキスを～

白衣を着込んで、柏木の予備用のメガネを掛け『麻酔医になりすました』拓郎は、『ね？』と藍を見詰め返した。

その瞳は穏やかで、まるでこれから『そこのコンビニにお買い物』に行くように、緊張感が感じられない。

むしろ藍には、拓郎が楽し気にさえ見えた。

勿論、拓郎にしてみれば緊張はしていた。だが、不思議と怖いとは思わなかった。

「俺って、意外とこう言うの得意なんだ」

「ええっ？」

本当に得意そうな口振りに、藍が思わず拓郎の顔をまじまじと見詰めた。

『得意』と言うからには、そう言えるだけの経験をしていないといけない。やってもいないことを得意と言う人間はまずいないだろう。

拓郎は今まで、そんな『危ない橋』を渡ってきたのだろうか？

一緒に暮らしてた時の拓郎からは、そんな様子は微塵も感じられなかった。

知っているつもりで、実は、私が何も知らなかっただけ？

藍は、驚きの新発見に一瞬緊張を忘れた。

「ほら、時間は幾らでもあるから、積もる話は後でゆっくりしなさい。いいね、ドアを開けるよ？」

柏木先生の声に、二人ははっと心を引き締める。

そうだ。

今は、脱出の成功だけを考えよう。

「が・ん・ばっ・て！」

藍の身代わりになるために、部屋の奥のベットで横になっているお日掛藍の声に、二人は大きく頷き返した。

それを合図に、木製のドアが開かれた。

その瞬間に全身に突き刺さるガードマンの厳しい視線――。

空気がピリピリと張り詰めて行く。