蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
「先生、岡崎さんが今ここにいるって事は……」
藍は歩みは止めずに、柏木にさっきのガードマンとの遣り取りについて聞いてみた。
「ああ、もちろん『会長』もご一緒だ。今回の移植手術は、ご自分の目で確認されるそうだ」
会長――。
お祖父様、日掛源一郎がここに来ている。
それは恐怖に似た感情だった。
幼い頃から『お姉ちゃん』にだけ会いに来る優しいお祖父様。
藍は実際本人に会うまで、そんな淡い憧憬の念を抱いていた。
だが、この研究所に戻る際、HIKAKEの本社で始めて日掛源一郎と対面した藍は、身をもってその人となりの恐ろしさを実感したのだ。
研究所に戻るにしても、一度で良いから血統上の祖父であり、藍をこの世に作り出した張本人でもあるあの老人に会ってみたかった。
そして問いたかった。
自分の存在意義を。
もしかしたら、肉親としての一欠片の愛情を期待したのかも知れない。
だがその時投げつけられたセリフに、藍は自分の甘さを悟らざるを得なかった。
『お前は孫娘の為の、ただの臓器保存の器にしか過ぎない。お祖父様などと呼ばれると、虫酸(むしず)が走るわ』
お祖父様、と声を掛けた藍に対して源一郎は、そう冷たく言い放ったのだ。
仮にも、愛する孫娘とうり二つの、いや、遺伝子的に見れば孫娘そのものの藍を目前にして、冷たく突き放せる人間、それが日掛源一郎であった。
「心配はいらない。君達は、ここから離れる事だけを考えなさい」
「先生……」