蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
お祖父様は、恐ろしい人だ。
あの対面で、藍はそれを身を持って理解した。
あの人は、決して手段を選ぶような人間ではない。
確かにこの計画が成功して、日掛藍がコールード・スリープに入ってしまえば、あの人にはもうどうする事も出来ないだろう。藍を捕らえてみたところで、移植手術は出来ない。
でも……。
「先生は、どうなるんですか? 大変な事になるんじゃ……」
今更ながら、その事に気が付いた藍は、急に心配になって尋ねた。
柏木は、藍にとっては父親のように大切な人間だ。
もし柏木に何かあったら、藍はその犠牲を強いた自分を絶対許せないだろう。
そんな気持ちで、幸せになんかなれるはずがない。
納得できないでいる藍に、柏木は足を止めると昔良くしたように腰を屈め、自分の目線と藍の目線の高さを合わせた。
その瞳が優しく細められる。
「私は大丈夫だ。心配はいらない。確かに、会長の怒りを買って何らかの処分は受けるだろう。だが、コールド・スリープの覚醒技術の完成の為には、私は必要な人材だ。だから会長は、私をここから追い出すような理に適(かな)わない真似はしないよ。あの人は、そう言う計算の出来る人間だ」
「でも、先生……」
その『何らかの処分』が心配なんですけど。
藍の心を見透かすように、柏木は口元をほころばした。
「藍、お前は私にとって大事な家族だ。実の娘のように思っているよ。私にも一つくらい、父親らしい事をさせてくれないか?」
そう言うと柏木は、藍の頭を『くしゃくしゃっ』とかき回した。
その時だった。
カツン、カツン――。
背後から近付いてくる靴音に、三人は一斉に振り返った
その視線の先には、薄暗い常備灯の明かりに照らされ浮かび上がる、背の高い痩せぎすの男性のシルエット。