蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
「なんじゃと!!」
明け方、自室で柏木の報告を受けた日掛源一郎は、今まで彼が見たことがないほど狼狽した。
その傍らには、キチンと背広を着込んだ岡崎秘書が青い顔をして立っている。
「はい、突然の心臓発作で、移植に持ち込む時間がありませんでした。一刻を争う状態でしたので、私の一存で冷凍睡眠に入らせました――」
柏木は、前もって用意して置いたセリフを淀みなく言い切った。
実際にはまだ、完璧にコールドスリープに入っている訳ではないが、あと1時間もすれば完了する。
本当なら、それを待って報告する予定だったが、拓郎達を見付けられなかった岡崎秘書が『会長にありのままを報告する』と、柏木に脅しを掛けてきたのだ。
「首を洗って待っているのですね」
と、イヤミたらたらで言う岡崎を、柏木は逆に一喝した。
「私はコールド・スリープに入ったお嬢さんの為に必要な人間ですが、岡崎さん、あなたはどうなんでしょうね?」
言葉に詰まる岡崎に、柏木はとどめの一撃を加えた。
「私は別に研究所の所長などと言うポストには未練がないので、降格されようが構わないんですが、色々知り過ぎているあなたは、秘書を辞めるだけで済むんでしょうか?」
岡崎は顔色を無くして「私を脅しているのかね?」と声を裏返した。
「あなたは何も見なかったんです。気付いたらクローン体は逃げ出していて、お嬢さんは急な発作を起こした、それで良いのではないですか?」
結局、岡崎は自分の保身の為に、源一郎への報告を偽ったのだった。