蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
27 【夜明け】
「大丈夫か、藍?」
郎は昨日、藍を捜しに一人で登った坂道を、今度は藍と一緒に降りていた。
あの後、あのまま雨宿りをして小屋にいた拓郎の携帯電話に、柏木から連絡が入ったのだ。
「全て済んだよ。もう心配ない。追っ手は掛からないよ」
それは、拓郎と藍にとってはこの上ない朗報だが、当の柏木にとっては、愛する女性(ひと)が永遠とも言える眠りに就いたことを意味していた。
拓郎は、どうしても聞きたかった事を尋ねてみた。
「柏木さん……あなたは本当に、これで良かったんですか?」
少しの沈黙の後、柏木はこう答えた。
「これで、いいんだよ――」
そう言って、電話の向こうで笑っていた。
もちろん柏木としては、藍と一緒に生きて行きたい。
それが正直な気持ちだ。
もし、藍がそう望むなら、自分はクローン体からの臓器移植をしただろう。
どちらかの藍を選べと言われたら、迷わず彼の藍を選んでいた筈だ。
だが、藍はそう望まなかった。
「これで、よかったんだよ」
電話口から聞こえてきた穏やかな柏木の声に、拓郎は、ありったけの思いを込めて頭を下げた。
「ありがとうございました」
きっと柏木はこれからも変わることなくあの研究所の中、その穏やかな愛情で、彼の『眠り姫』を見守り続けて行くのだろう。
憧憬の念を抱きながら、拓郎はそう確信していた。