蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~

「拓郎、私……。その、ごめんなさい……」

そう言う藍に、拓郎は「ムッ」とした顔を作る。

「まったくだ! 俺が、どんな気持ちだったか、お前に分かるか!?」

「……」

藍は、言葉に詰まってうつむいてしまう。

昨夜は結局、藍はあのまま眠ってしまって、ろくに二人は話をしていない。

幸い藍の体調不良は、生態低温維持装置の一過性の後遺症で心配ないと柏木のお墨付きを貰った。現に、一寝入りした藍は、嘘のように元気になっていた。

拓郎は、藍と出会った頃良くしたように、少し腰を屈めて彼女の顔をのぞき込んだ。

「一大決心をして――」

両手の親指を折りカウントを始める。

「なけなしの勇気を総動員して――」

人差し指。

「一回りも年下の彼女にプロポーズした次の日に――」

中指。

「まんまとその彼女に逃げられた――」

薬指。

「可哀相な中年男の気持ち、だっ!」

そして小指。

出来たグーでた藍のこめかみをぐりぐりと押した。

「きゃっ! 痛ったーい」

「黙っていなくなった報いだ。この家出娘!」

二人はは顔を見合わせて
吹き出した。

「はい、左手を出す!」

拓郎は、藍の左手をひょいっと掴み挙げると、その薬指に胸ポケットから取り出した指輪をはめる。

あの日、別れの手紙と一緒に藍が置いていった、婚約指輪。

「私……」

「うん?」

「私、あなたが、大好き」

そう言って笑う藍の大きな瞳から、ポロリと涙が一つこぼれ落ちる。

それは、白いなめらかな頬を滑るように落ちて行く。

拓郎はその頬に、キスを一つ。

そして、その華奢な身体をぎゅうぎゅう、抱き締めた。 








< 334 / 372 >

この作品をシェア

pagetop