蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
あれから二年――。
日掛藍はコールドスリープに入ったまま、今もあの研究所の中で柏木に見守られながら、長い眠りに就いている。
拓郎と藍は、ささやかながら友人達を招き、小さな結婚式をあげた。
藍には、戸籍がない――。
正式に夫婦になれる訳ではなかったが、二人共そんな事は気にはならなかった。
このまま二人で穏やかに日々を過ごせれば、それ以外望む事はなかったのだ。
「後二ヶ月か。早く出て来いよ、ちび助」
拓郎は、八ヶ月になる藍のお腹にそっと手を当てる。
「赤ちゃんが、出来たみたい」
涙ぐみながら藍にそう言われた時、拓郎は初めて神様を信じてみたくなった。
あの交通事故以来、「神も仏もいるものか」そう思って生きて来たのだ。
子供が出来たらしい事を、柏木に電話で知らせた時、彼は何も言わずにただ「おめでとう」と言ってくれた。
藍が妊娠した事自体が、奇跡の部類に入るのだ。その子供が健康体で無事生まれる保証は、何処にもなかった。
「産婦人科の医師を紹介するよ。私の大学の同期の女医なんだが……。ちょっと、変わった女性だが、腕も確かだし信用出来る人間だよ」
笑いを含んだ声で紹介してくれた「水口先生」は、美人でユニークな女医さんだった。
藍は何かと、彼女に相談に乗って貰っている。