蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
だが、我が城とは言っても、悲しいかな貧乏暇なし。
普段は、師匠の写真家・黒谷隆星の所に助手として詰めているか、他のアルバイトで飛び回っているか、今日のようにプライベートで写真を撮りに出ているかで、このアパートに居ることは少ない。
現に、明日も朝から三日間、師匠のお供で撮影旅行に行くことになっているのだ。
「狭くて汚いけど、ちょっと我慢して。多分、野宿よりはマシだから」
「お邪魔します」
玄関先でペコリとお辞儀をすると、藍は拓郎の後に続いて部屋の中に足を踏み入れた。
人の気配のない部屋の中は、シンと冷え切っていて肌寒く感じる。
拓郎は、ファンヒーターと、居間スペースの真ん中に置いてあるコタツのスイッチを入れた。
コタツは二人掛けの小さなものだが、ほとんどの床面積を占領している。
他にあるのは、テレビとサイドボードと『何でも便利物置』こと、ステンレスのパイプラックだけだ。
『味気ない部屋』を絵に描くと、たぶん、こんな風になるだろうと言う見本のように何もなかった。
モノトーンのコタツ掛けやカーテンが、余計に味気なさを助長しているのかも知れない。
唯一の救いは、部屋にいる時間が短いから、あまり散らかっていないことくらいだろう。
「適当に座ってて。今、夕飯に何か作るから」
拓郎は藍をコタツに座るように促すと、自分は腕まくりをしながらキッチンに向かった。
「あの、何か、お手伝いします」
「お客様は、座ってなさい。これでも料理の腕は、なかなかなんだ。なんて、インスタントだけどね」
「あ、はい。すみません」
藍はペコリと頭を下げると、しばらくコタツを物珍しそうに眺めてから、ちょこんと正座をして、怖々と膝先をコタツ布団の中に入れた。