蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
「あの……すみません。良く分かりません」
「それ。その『すみません』ってヤツ」
「あ、あの……?」
「藍ちゃんさ、自分では気付いてないかも知れないけど、その『すみません』って、口癖になってるよ。別に悪いこと、聞いてないだろう?」
長ネギを見事な包丁さばきでリズミカルに刻む拓郎の横顔に、藍は思わず『すみません』と言いそうになって、言葉に詰まった。
「まあ、悪いことしても、謝るってこと知らないヤツが多いから、君みたいな人貴重だとは思うけどね」
『よっ』と、ビニール袋から取り出した乾麺を二つ、沸かした鍋に入れると拓郎は、藍の方に顔を向ける。
「でも今度もし、『すみません』って言いそうになったら、こう言ってごらん。『ありがとう』」
「ありがとう?」
「そう。プラス笑顔で、怖い物無し! これが俺の処世術」
そう言って拓郎はニカっと、『100%ウェルカム』な笑顔を浮かべた。
「あ……りがとう、ございます?」
藍が真似をして、ニコリとぎこちない笑顔を作る。
「そう、それ!」
ニコニコと笑う拓郎に引きずられるかのように、藍の顔にも少し少しずつ本当の笑みが形作られていく。
「はい。ありがとう、ございます!」
元気に発せられた言葉と共に、この時初めて、藍の顔に心からの笑みが浮かんだ。