蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~

思案に暮れる拓郎の脳裏に、一人の女性の顔が浮かんだ。


このアパートの大家で拓郎の親代わりでもある『おばさん』こと、佐藤君恵。


――おばさんに相談してみるか。


仕事で留守にする明日から3日間。取りあえず、あの人に、お願いして行くしかないか。


もしも、留守の間に家に帰る気になれば、それはそれでいいことだし。


「芝崎さん?」


考え込んで箸の止まったところに藍に声を掛けられ、拓郎はハッと我に返った。


視線を上げると、不思議そうに見詰める藍の顔。


警戒心の欠片もないその顔を見ていたら、藍の警戒心のボーダーラインはどの辺なのだろうという好奇心に駆られた。


ちょっとした、悪戯心だ。


「あ、食べ終わったら、お風呂に入るといい。一日動き詰めで疲れただろうから、ゆっくりどうぞ」


と、ニッコリ言ってみる。


すると、藍の箸が止まった。


「あの、でも……」


驚いたように拓郎を見詰めていた藍が、もじもじと言い淀むのを見て、拓郎は少しほっとした。


初めて上がった部屋で男に風呂を勧められたら、さすがに警戒してくれないと、いよいよもって心配だ。


が、そう思ったのも束の間だった。


「私、この三日お風呂に入っていないので……。芝崎さん、お先に入って下さい」


頬を染めて、恥ずかしそうに言う藍を見て、拓郎は思った。


――恥ずかしがるポイントが違うぞ、と。



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