蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
「藍ちゃん、着替えここに置いておくから、嫌じゃなかったら使って。Tシャツは新品だし、パジャマも一応クリーニングしてあるから」
拓郎は風呂場の曇りガラス越しに声を掛けて、用意した着替えを脱衣かごに置いた。
下着はさすがにどうしようもなかったが、着たきり雀よりはましだろう。
「あ、はい。すみま……」
『すみません』と言いそうになって、慌てて『ありがとうございます!』と言い直す藍の様子に、思わず口の端が上がる。
つくづく不思議な娘だなと思う。
幼女のような純粋さで、警戒心なんかどこ吹く風で、するりと自分の心の中に入って来てしまった不思議な少女。
拓郎は有る意味、特殊な環境で育っていて、人間を簡単には信用しない。
どんなに善人の皮を被って近付いてきても、その人間の本質を見抜ける自信も、二十七才になった今ならば、少しはあった。
人間が嫌いというわけではないが、人間不信に近いものがあるかも知れない。
だから、仕事以外で敢えて親しい人間を作ろうとは思わなかった。
当然、自分のアパートに他人を上げる事は滅多に無い。
今は居ないが、それが付き合っている『彼女』であっても、同じだ。