蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
「あら、おいしい!」
勝手知り足る店子の部屋。
君恵は拓郎の部屋のコタツに陣取ると、藍が入れた日本茶を一口口に含むと、驚きの声を上げた。
安物であるはずのそのお茶は、これ以上ないくらい上手くいれてある。
日本茶に限らず、お茶という物の旨味を引き出すには、お湯の温度、茶葉を蒸らす時間、湯飲みに注ぐタイミングなどのちょっとしたコツが要る。
昔は家庭生活の中で、母から娘へ自然と受け継がれた物だが、近頃はそれを成されることも少なくなっている。
そう言うことを、キチンと教えられている娘だ。
「ありがとうございます。お口に合えば嬉しいです」
「うん。とても美味しいわぁ。藍ちゃん、お料理も好きでしょ?」
「はい。お料理は大好きです」
――芝崎くん、いい娘つかまえたじゃないの。
君恵は正直ほっとしていた。
拓郎は、大事な親友の忘れ形見。
生い立ちの複雑さから、他人に対して少し冷めた所がある拓郎に、早くいい人が見つかってくれれば良いと常々思っていたのだ。
直感だが、この大沼藍という娘は、拓郎の頑なさを溶かしてくれるような気がした。
君恵はニッコリ笑うと、何処か寂しげな遠い眼差しを開け放たれた窓の外に向けた。
「芝崎君、ああ見えて苦労人でね……。ご両親の事は聞いている?」
「はい……。子供の頃、事故で亡くされたとか……」
「あれは、ひどい事故だったわ……」
ポツリと呟くと君恵は、遠い日の悲しい記憶を辿った。