蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
「お口に合うといいんですけど」
「合う合う、絶対美味しいって。それにしても……」
乾杯のシャンペンをグビリと一気に飲み干し、腕組みをしながら『う~む』と厳めしい表情で考え込む美奈のセリフに、藍は小首を傾げた。
「家の男どもと来たら、日頃の行いが悪いから、せっかくのご馳走を食いっぱぐれるのよね」
美奈の夫の貴之も拓郎も今夜は『大人のお付き合い』とやらで、このクリスマス・パーティには欠席なのだ。
ちなみに、君恵の夫は五年ほど前に他界しているので、佐藤家の男手は婿養子の貴之だけである。
「これ、美奈。家族の為に、クリスマスの夜も接待をしている人を捕まえて何ですか」
君恵がたしなめるが、美奈は何処吹く風で、
「どうせ、綺麗なお姉ちゃんにお酌されて鼻の下を伸ばしているに決まっているんだから。ね、藍ちゃん」
と、藍に話を振る。
「えっ……あ、はい」
何と言って良いか分からない藍は、返答に困ってしまった。
拓郎は、写真家の師匠でもある黒谷隆星邸での毎年恒例のクリスマス・パーティに呼ばれていて、今日は帰らないと言っていた。
なので、藍も今夜は君恵の家に『お泊まり』することになっている。
『毎年、酔い潰されるんだ』と、ため息を付きつつ出掛けて行った拓郎も、美奈の言うように『綺麗なお姉ちゃんにお酌をされて、鼻の下を伸ばしたりしている』のだろうか?
藍は心の片隅に生まれた、言葉にしがたいモヤモヤとした感情を持て余していた。