蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
ふう――。
「何? ため息なんかついて。らしくないじゃない、拓郎」
我知らず盛大なため息を漏らした時、背後からかけられた聞き覚えのある涼やかな女性の声にギョっとして、拓郎は慌てて振り返った。
回り始めたアルコールのせいか鼻腔に届く甘い香水の匂いのせいか、クラリと目眩に似た感覚に襲われる。
そこに立っていたのは、深いスリットの入った黒いチャイナドレスを着た美しい女性。
彫りの深いシャープな顔立ちは、どこかエキゾチックでハーフのようにも見える。
理知的な印象を与える、やや広めの額。
その額に落ちかかる、緩やかなウェーブの掛かった柔らかそうな髪。
憂いのある瞳。
伏せられた長いまつげ。
やや大振りの耳には、血のように赤い小さなルビーのピアスが怪しく煌めきを放っている。
無造作に纏めた豊かな漆黒の髪が、白い肌をより際だたせていた。
「お久しぶりね、拓郎」
形の良い赤い唇が優雅に拓郎の名前を呼ぶ。
「麗……香さん」
――佐伯麗香(さえきれいか)。
拓郎は、一時期自分の恋人であった、年上の美しい女性の名を呆然と呟いた。