蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
藍にも、兄のように父のように、慕っている人物がいた。
でも、その人に対する気持ちとは又微妙に違う気がする――。
「あの……。よく分かりません」
「そっか」
「すみません」
「謝る必要なんてないわよ」
美奈は、母親の笑みを浮かべて、申し訳なさそうにしている藍の頬を、つんつんとつついた。
「でも、もしもね。拓郎が好きだと思ったら、その気持ちを伝えてあげて。アイツは、あなたよりも十も年上で、それなりに苦労もしているけど、それだけに臆病な所があるの」
「臆病……ですか?」
「そう。自分に向けられる好意や愛情の裏側に在るものを、無意識に探ろうとする……。まあ、幼少期のトラウマってヤツね」
「トラウマ?」
「そう、精神的外傷のトラウマ」
藍は、両親を事故で亡くしたことを拓郎の口から聞いている。
でも、拓郎の物言いからは、そのことに起因すると思われるような暗さは全く感じられなかった。
それでも、若干八歳の少年がある日突然両親を失ったのだ。
やはりそれが、『トラウマの原因』になっているのだろうか。
だが、その夜。
美奈の口から聞いた事実は、藍の想像以上に過酷なものだった。