蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~

「何、幽霊でも見たような顔をしているのよ。もう酔ってるの?」


「あ、いいえ……まさか、ここで貴方と会うとは思ってなかったので、少し驚いたんですよ」

目の前でクスクスと楽しげに笑う、元恋人に対する拓郎の印象は、決して悪くない。


別に、好きの嫌いの言って付き合った訳でも、別れた訳でもなかった。


きっかけを作ったのは麗香の方だったが、拓郎も確かにこの美しく理知的な年上の女性を好いていた。


多分、恋していたのだろう。


例えそれが一過性の物であっても、時の流れと共に自然と離れてしまう心を留めようと言う情熱を持てなかったとしても、確かにそこに愛情は存在したのだ。


「あら嬉しい。会って驚いてくれるなんて、まだ脈ありかしらね。隣、良いかしら?」


「あ、ああ。どうぞ」


幾分回ってきたアルコールのせいで反応が遅れる拓郎を見透かしたように、麗香は艶やかな微笑みを浮かべフワリと甘い香りを纏いながら、拓郎座っているソファの隣に腰を下ろした。


黒いチャイナドレスの裾に入った深いスリットを気にする風もなく、均整の取れた長い足を組んで頬杖を付くと、楽しそうに周りに視線を巡らせる。


「それにしても、黒谷先生のお宅には始めて伺ったけれど、さすがにご立派ね。私たち庶民には別世界だわ」


「そうですね」


拓郎は、思わず苦笑した。



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