その香り、反則だな
肩が微かに濡れて、不思議と色気があるその横顔に、俺は視線を思わずそらした。
「は、80点以上って……俺の科目だけだろ?全く説得力がないな。もう少し頑張ってみろよ?」
何気無く発したその言葉に、彼女がふと立ち止まる。
「……あたし、頑張ってるよ?」
その視線は、まっすぐ俺をとらえていて、次第に濡れ始めるその姿に、俺は、慌てて傘を傾けた。
「ほら、もう濡れるから」
「先生、全然気づいてない。あたしが、どれだけ本気で頑張っているのか」
「美幸……?」
「あたし、知ってるんだよ?五十嵐先生が、先生に色目をつかってる事。毎日、部活の指導を口実に、ひき止めてる事も。先生と付き合ってるって、女子生徒に公言してる事も全部!!」
「美幸……」
「本当はね、あたしが先生の彼女だって、言いたいよ?だけど、あたしは生徒だから……先生に迷惑かけられないから……。五十嵐先生と噂になってても、ずっと、ずっと我慢してた」
力強いその大きな瞳からは、大きな涙がこぼれ落ちる。
「先生のバカ!先生なんて知らない!」
俺はずっと、彼女に試されていると思っていた。
傘を忘れたなんて、口実に過ぎない。ただ、俺が教師として、どこまで貫き通せるのかを、彼女はイタズラに、俺をはかっているのだと、思っていた。
だけど本当は、彼女はずっと、ただ純粋に甘えたかっただけなのかも知れない。
自分が彼女である証拠を、俺に示して欲しかったのかもしれない。
そう、思った瞬間。
俺は、思わず彼女を引き寄せると、優しくぎゅっと抱き締めた。