その指先で、濡れる唇
その指先で、濡れる唇
ひどい土砂降り……。

しんと静まりかえった一人きりのオフィス。

窓に打ちつける激しい雨にため息をつく。

時刻は午後六時をまわったところ。

いつもならほぼ全員が残っていて、まだまだ仕事に没頭している時間。

でも、今日は別だ。

 今夜は"交流会"という名目の全員参加の飲み会で、フロアにいたすべての人が幹事の山口さんの仕切りのもと早々に退勤させられ会場へ向かった。

私も含めて皆が「姐さん」と慕う山口さんは、自他ともに認める"幹事の鬼"だもの。

誰ひとり逆らうことなく、おとなしく引率されていったわけである。


フロアをしめる最終チェックを任された私は「すぐに追いかけますから」などと皆を送り出したものの、なんだかんだともたもたしてしまい……。

さあ出ようと思ったら、外は集中豪雨という始末。

完全に出遅れて、取り残されてしまったという……。

 山口さんに到着が遅れそうだとメールすると、電光石火で返信ではなく電話がきた。

『ちょうど私たちが店に到着した直後くらいだよ、急にドカンと降り出してね。ニッシーがタイミング悪くずぶ濡れになってたらどうしようって心配してたとこ』


私のことを「西尾(にしお)」ではなく「ニッシー」と呼び、後輩として可愛がってくれる山口さん。

その安堵の声に申し訳なく恐縮する。

『ありがとうございます。あの、ご心配かけてすみません……』

『いいのいいの。っていうか、ニッシーがまだそっちに居てくれて好都合』

『はい?』

『木村君がまだそっち残ってるみたいなのね』

『えっ』

その名前に体が勝手に反応する。

しかも過剰に……。

心臓がどきんとはねて、顔がかっと熱くなった。

『メールしても返信ないし、電話でないし。そっちにいるのは間違いないはずなんだけど』

『はぁ……』

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