その指先で、濡れる唇
職場の先輩と後輩。
さらに詳しく言うと、同じグループの研究員とアシスタント。
それが木村さんと私の関係。
ただ、それ以上でもそれ以下でもないと言い切れるのかと言うと、ちょっと違うような気も……。
私が今の部署に異動になって一カ月くらいたった頃。
木村さんと親しく話すようになったのは紅茶がきっかけだった。
給湯室で木村さんが紅茶を淹れていて、それがたまたま私のお気に入りのフレーバーで。
思わず私から声をかけた。
仕事以外の話をしたのは、そのときが初めてだったと思う。
それからなんとなく給湯室で一緒になってはよく話すようになり、半年ほど経った今ではもう軽口を叩きあうような仲に。
今日の昼前にも――給湯室で私が自分の紅茶を淹れていたら、そこへ木村さんがやってきて。
やっぱり木村さんも、同じく紅茶を淹れはじめて――。
「西尾さん、ジャム持ってない?リンゴとかじゃなくてイチゴの」
「はぁ?持ってるわけないじゃないですか。リンゴもイチゴも。ついでにブルーベリーもないですよ」
まったく、ここはおうちの冷蔵庫ではありませんので……。
「えー。ポケットに入ってないの?」
「ないですってば。っていうか、ポケットにジャムとか入れないでしょ、普通……」
いつものように繰り広げられるバカ話。
親しく話すようになって、私は木村弘樹という人物のいろいろを知った。
例えば――紳士なんてとんでもない、下品でセクハラまがいの冗談も言う下世話な三十歳であること。
几帳面だなんて誰のことやら、「明日から本気出す」が口癖で、しかもその本気は三日後くらいにようやく出ること。
そして――そんな残念キャラを披露する相手は、どういうわけか職場の女子では私だけ。
しかも――二人で給湯室にいるこの時間だけらしい、ということを……。
「あーあ、バラには絶対イチゴジャムなのになぁ」
木村さんはいかにも恨めしそうにじとーっと私を見て言った。
「私に言われても困りますよ。って、その香りってバラなんですか?」
木村さんのカップから漂うほのかに甘い香り。
なんとなくイチゴのキャンディの感じに似ているなって思っていたけど。
「イチゴはバラ科だからな。バラとイチゴってよく合うんだ」
「へぇー。そうなんですねー」
私は木村さんと出会って、まえよりずっと紅茶に詳しくなって、もっと紅茶が好きになった。
そして、木村さんに詳しくなって、私は……いつのまにか、恋をしていた。